2010年10月アーカイブ

タンパク尿

年末の院内は込み合っていた。
私は受付を済ますとレントゲン室の前のソファーに座り、名前を呼ばれるのを待った。
座っている間にも体中の汗がダラダラと流れているのがわかった。
 
程なくして自分の名前が呼ばれ、言われた場所で衣服を脱いだ。
やたらと着込んできていたうえに汗もかいていたせいで、レントゲンの撮影版の前に立つまでに時間がかかった。
撮影後に服を再び着るときに、私は一番下に着てきた肌着は丸めて鞄の中にしまうことにした。
後がつかえているらしく、レントゲンを撮影していた技師がイライラした様子でカーテンの外から「まだですか」と話しかけ、
着替え途中の私を急かした。
 
採尿コップに尿を取り、小さな小窓の前に提出した後、内科医による診察の順番を待っていた。
フロアの天井にはカルテや検体を運搬するためのレールが設置されており、
その上を小さなトランクケースのような物体がせわしなく行き来していた。
 
「尿にタンパクが出ているみたいですね。」若い医師がなにやら紙切れを見ながらそう言った。
そして私の手足や首回りを入念に触っていた。
「特にむくみがあるわけではなさそうなので、一時的なものだとは思いますが、念のため再検査したほうがいいでしょう。
後日、もう一回検査を受けに来てください。健康診断書もその時発行しましょう。」

改心

もうなんだかどうでもいい気分だった。
彼女が彼に気があることも、彼が彼女に気があることも、
その日のちょっとした出来事にも関わらず、すべて察知できた。
その後もしばらく彼との付き合いは続いていたが、バレンタインのチョコレートを送ったきり、もう会うことはやめにした。
電話にすら出なかった。
 
高校1年時の成績があまり芳しいものではなかったことを、いまだに親は気にしている。
そして2年時になった途端、うなぎ上りに成績があがったことを不思議に思っている。
私にしてみれば何の不思議もないことだ。2年生になってから私は猛勉強を始めたのだから。
成績は上がって当然なのだ。
 
突然勉強に力を注いだのは、何も無理やり理系クラスに入れてもらい負い目を感じたから、だけではない。
当時勃発していた家庭不和から逃れたかったせいもある。
私の母と父方の祖母は仲が悪かった。
嫁姑の折り合いが悪いのは世間では特別珍しいものではないだろう。
しかし、同じ屋根の下で毎日ギスギスした雰囲気を醸し出しながら生活していくのはやはり無理があった。
 
私が高校に進学した春に自宅の建て替えを行った。
その際、父方の祖父母とも同居するようになっていた。
以前から母の口から祖母に対する愚痴を聞かされていただけに、この同居生活は当初から非常に不安には感じていた。

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