2011年2月アーカイブ

デートの楽しみ方

もはや初々しさのなくなったデートでも、
お互いをよく理解し合っているからこそできる遊びもある。
わたしの場合はこんなふう。
無言のポストカード選びをするのだ。
マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ブラッサイ、ウジェーヌ・
アジェ、
ジャック=アンリ・ラルティーグや木村伊兵衛、上田正治など
その他たくさんの写真家の作品をポストカードにしたショップがある。
壁一面埋まるくらいの量なのだ。
そこへ二人して到着すると「じゃあ30分後に」とお互いうなずき合い、
これだというポストカード8枚を探し当てる個別の時間へと無言で没頭してゆく

わたしは、抽象化されたものや、ディテールにまでクローズアップしたものや、
女性が映し出された写真を目当てにかがみ込んで、
数千枚ものカードたちをパタパタ探してゆく。
30分はあっという間に過ぎ、プラス15分の延長戦を終えた後、
二人は別々にお会計を。そして無言のまま近くの喫茶店へ足を速める。
とりあえず、エスプレッソとミルク珈琲を注文し、お互い目を合わせる。
そっちからどうぞ。
わかりました、それでは。
それぞれ選び抜いたポストカードを披露するのである。
すると驚く程感覚が違うことにお互いびっくりする。
ところが、ひとりの目を通して探し出された8枚には
共通の芯が一本通っていることもよくわかる。
自分に持ち得なかった美的感覚を、相手の目を通して発見できることに、
パートナーとの時間をしみじみありがたく思ったりするのだ。

何食べる?

物事を決められない人を見ているとイライラする時がある。

それが人生を変えてしまうようなことであれば、
悩みに悩むのもしょうがないと思うのですが、
どうでもいいようなことで悩んでいるとね。

えっとそうだな「昼ご飯何食べる?」という会話になった際、
私であればその言葉を発した時には店は決まっていないものの、
何を食べたいかは毎回決まっていたりします。

ラーメンとか牛丼とか。
でも答えが何時まで経っても出てこない人っているでしょ?

しかもラーメンか牛丼かな~どっちが良いかな~と、
選択肢があるのであれば良いのですが、
それすらない人っているでしょ。

さらに嫌なのは、全部自分の頭の中だけで処理しようとし、
時間をかけてやっと答えを出す人ね。

要は相手の事を全く考えていない人。

だって複数人と食事をするということは、
相手の食べたい物も考慮に入れないといけないわけですよ。

もしかしたら30分考えて結論を出し、それを相手に伝えたら、
そのメニューを朝ごはんとして食べている可能性だってあるわけです。

そしたら流石に朝も昼も同じメニューで納得できる人は少ないですから、
また振り出しに戻る・・・。

こういう人って皆さんの周りにも1人は必ずいると思うのですが、
逆に問いたいのは「デートの時とかってどうしてるの?」。

特に男性であれば女性を待たせてまで、
色々と何を食べようか考えるんですかね。

あぁ腹がたってきた!昨日、そういう体験をしたもんでね。

バレンタインの専用コーナー

バレンタインが近づき、
スーパーの目立つ場所に専用コーナーが設置されました。

チョコばかりです。

大好きでありながら訳あって食べられない私には、少し辛く(笑)
それでも、見ているだけで楽しいです。

同じチョコでも、さまざまな姿をしているんですよね。
どれもキラキラ輝いていて、あの甘い味を思い出させてくれます。

バレンタインの場合は、ここに人々の気持ちや行事に合わせた豪華な雰囲気が加わってくるんですよね。

洋風の行事であることもあり、優雅な雰囲気まで感じられます。
スーパーなので、広々と専用コーナーが設置されている訳ではありません。
それでも、大きな存在感を放っています。

バレンタインの専用コーナーといえば、あるスーパーにはチョコの他に「メッセージボード」がありました。

ハートや天使の書かれたピンクと白の小さな紙に、メッセージを書き貼りつけるのです。
わたしも友だちや好きな人へのメッセージではないですが、恋愛や結婚について考えていたことを書きました。

羽を生やした、女の人の絵を添えて。
絵は単に、気まぐれで描いただけです。

今「友だちのメッセージ」と書きましたが、貼られていたメッセージは好きな人に当てたものより、友だちへ当てたものが多かったのです。

女子は友だち同士でチョコを交換するらしいですが、昔からそうだったんですかね?

年金って貰えるの?

人によっては自分で年金を納めている人もいるでしょうし、
中には遅延などにより満額の支給が通常よりも遅れる場合もあるで
しょう。

そうなると昨今の日本の高齢化により、
人間の寿命が伸びたといっても満額、年金を受け取れる人は、
あまり多くないように思えます。

そしてもしも現在、政治家さんが議論しているように、
年金受給年齢が上がるのであれば、尚更、
満額の年金を受け取ることは難しくなるでしょう。

仮に年金受給日が5年繰り上がるのであれば、
約85歳まで生きないと支払ってきた金は戻ってこないわけです。

そして高齢化といったところで、
余裕で85歳を超えてくる人の数は少ないと言えます。

昨今でも90歳まで生きれば、長寿と言われ、
その年齢で死んでも周りからは「大往生だ」と祝われるでしょう。

つまり年金支払い年齢によっては、
払う価値が全くなくなる・・・とも言えるんですよね。

だから受給年齢の引き上げを行うのであれば、
先ほど言った国民健康保険の加入不可問題なども含めて、
政治家が口を出すことは最小限にとどめて欲しいと私は思ったりもします。

だって政治家の多くは資産家の場合が多く、
老後に年金を頼りにしている人は、ほぼいないでしょう。

逆に私たち一般人は年金に頼ろうとしているわけです。
つまり考え方が全く逆なわけですよね。

しかし年金システムを考えるのは政治家さんです。

当然、考えられるポジションにいるのは政治家さんですから、
「年金システムを政治家が決めるな!」とは絶対に言いません。

ただし全ての事を考え方の違う、
政治家さんが決めるのは、ちょっと筋違いなんじゃないかな?と思うわけです。

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